英文ライティングの参考書としてはもちろん、言葉というものを新鮮な視点でとらえ直す意味でも面白い一冊でした。
英語のあや -言葉を学ぶとはどういうことか-(トム・ガリー著)
前半は科学英語についての具体的な指摘が多く、技術翻訳にはそのまま生かせるものばかり。定冠詞や不定冠詞、ニュアンスの違いなどの問題はもちろん、日本語では「主題」という要素が中心となるが英語では「主語」が中心になるなど、普段仕事の中でもよく見かける例が挙げられています。間違いではない英語、ではなく、英語らしい英語にするには…?という項は、一番目指していきたいところでもあります。
後半のエッセイがまた面白かったです。トム・ガリー氏ご自身が日本語を学ぶ過程や、翻訳者として仕事をしていた時期、学生たちに英語を教える過程など、さまざまな場面で気づいたことが書きとめられています。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という一文を英訳すると、訳し方によって47字、81字、197字のように大きな幅で文字数が変わってくる例も非常に興味深いものでした。
昔から「日本語はとても難しい言語だな」とぼんやり感じてはいたのですが、ガリー氏が学んだときの苦労を克明に描き出してくれています。たとえばマンガを読んでいて「わすれちゃった」という日本語に遭遇したとき。「ちゃった」の意味にたどりつくまで、和英を引いて国語辞典を引いて、国語辞典の漢字の読みが分からず画数から漢和辞典を引いて、またさらに…と読んでいるだけで気が遠くなってきます。
「上機嫌な起源」なんて洒落た小見出しを見たときには「おお!」と感動しましたが、これほど自在に日本語を操るまでには底知れない苦労があったのですね。
ガリー氏の指摘によれば、一冊で最低限の役割を果たせる日本語学習者向けの辞書というものが存在していないということで、英語を母語とする人々のための和英辞典を作りたいとずっと考えてらっしゃるそうです。でも、なかなか企画が通らないのだとか。確かに、ちょっとした読み物だけで何冊もの辞書を繰り返し引かなければならないのは苦行ですよね。それに対して英語を学ぶ日本人の教材はなんとバラエティ豊かで恵まれているのだろう…としみじみ思います。
流暢な日本語で書かれているにもかかわらず、文章の端々ににじみ出る謙虚な姿勢にも感銘を受けました。自分の努力などまだまだ全然足りないなと、良い刺激をもらえた一冊でした。
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