また一気読みしてしまう面白い本に出会いました。「翻訳問答 -英語と日本語 行ったり来たり-」。翻訳家でもあり作家でもある片岡義男さんと、文芸翻訳家の鴻巣友季子さん。お二人が様々な名作文学の冒頭を競訳して、それを題材に対談しています。
面白いのは、お二人の翻訳に対する考え方、ポリシーがかなり対照的なこと。お互いの翻訳に敬意を払いながらもきっちり自分の考え方を主張されていて、やりとりに心地よい緊張感があります。無難にまとめる感じでないところが良かったです。
片岡さんはやはり作家的視点が際だっています。「100パーセントの翻訳というものは土台無理。伝えられるのは75パーセントだと決めて、自由闊達な日本語で再話する」「著者が描いている情景を絵として思い浮かべて、それをふさわしい日本語で表現していく」その結果として片岡文学的になっていく、という流れがよく分かりました。
鴻巣さんは、ご自身で「イタコ体質」だと仰っています。「坪内逍遙風で…と言われれば、自然とその文体が下りてくる」。すごいなぁとため息が出ますが、これこそまさに翻訳者という感じなのかなと思いました。自分の色を出すということではなく、変幻自在。また、鴻巣さんの「100パーセントを目指そうとして直訳翻訳になり全体が伝わらないというのがいちばん悲しいこと」という言葉には、うんうんと頷きました。
「嵐が丘」や「赤毛のアン」をはじめ、有名な作家の作品が7つ並んでいます。これらの競訳を読み比べていくだけでも相当楽しいです。タイトルから訳しているのも面白い。タイトルだけ見たら、知っている作品だと気づかないものもありますね。
「嵐が丘」から一文だけ引用してみます。地の文です。
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原文: This is certainly a beautiful country!
片岡訳: このあたりはたいへんに美しい。
鴻巣訳: さても、うるわしの郷(さと)ではないか!
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お二人の特徴がくっきり浮き出ているなと思いました。
読後感としては、昔々、故・山岡洋一さんの「翻訳とは何か-職業としての翻訳」を初めて読み終えたときを思い出しました。近寄りがたいほどの厳しさに、ただただすごいなと思い、でもそれだけじゃいかんよなーと自己叱咤するような。
鴻巣さんの新訳「嵐が丘」は気になりつつも未読だったのですが、読んでみたい気持ちがふつふつと湧いてきています。
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