2013年10月30日水曜日

「es エス」-スタンフォード監獄実験

ずっと気になっていたけどなかなか観る勇気が出なかった映画を、先日やっと観ました。1971年に行われたスタンフォード監獄実験をベースにしたドイツ映画、「es エス」(2001年)。



30年ほど前、スタンフォード大学心理学部でひとつの実験が行われた。それは公募で集まった人間を看守役と囚人役に振り分け、模擬刑務所内においてそれぞれ与えられた役割に従って行動させ、肩書きや役割が人間の行動に与える影響を調べるというもの。しかし、看守役の被験者は次第に支配的、攻撃的に、囚人役の被験者たちは受動的、服従的になっていき、ついには囚人役の何人かが重度の情緒不安定に陥り、当初2週間の予定だったこの実験は6日で中止となってしまった。以後、こうした実験は倫理的に問題が大きいために全面的に禁止されている。本作はこの有名な心理実験を基に描いた問題作。(allcinemaより)

これが処女作だったというオリバー・ヒルシュビーゲル監督は、偶然にも現在公開中の「ダイアナ」の監督。ダイアナはイギリスの話ですし、ずいぶん作品の色が違いそうなので少々びっくりしました。もっとも、スタンフォード監獄実験はアメリカの話ですが。(舞台を完全にドイツに移しています)

2010年にハリウッドでリメイクもされています。「エクスペリメント」。エクスペリメント=実験、そのままだなぁと思って、ふとドイツ語の原題を確認したら「Das Experiment」。こちらが原題に忠実なのですね。「es」が日本独自のタイトル。ドイツ語の「es」は英語の「it」に相当するそうですが、心理学用語で「無意識層の中心の機能」という概念を意味するとか。ハリウッド版はどんな感じなのか、いつか見比べてみたいです。

いや、もう本当にえげつないシーンが多い。何が恐ろしいって、現実にはありえないホラーなどと違って「ああ、人間ってこういうところあるよね(自分含む)」と思えてしまうところ。だから他人事に思えず、自分だったらどうなるだろう、どうするだろう、といちいち考えてしまうのです。ぐったり。

実験の大まかな内容は知っていましたが、2日目から既にかなりの変化が起きていることに衝撃を受けました。2週間の予定が、1週間もたなかったのです。映画の後半の展開が衝撃すぎて調べたところ、フィクションも結構入っている模様。そうだよね、こんなことまで現実に起きてたら大問題すぎるよね…と変にホッとしたり。

どこまでが事実なのか知りたくて、実験報告の書籍など出ていないか調べてみたのですが、この実験に関しては見当たりませんでした。しかし同種の実験「ミルグラム実験(アイヒマン実験)」に関しては、報告書が出版されています。これも以前、社会心理学の入門書で非常に興味を惹かれた実験だったので、とりあえずこちらの本を購入。

服従の心理 (スタンレー・ミルグラム 著 山形浩生 訳)



いつもどおりあとがきから読んでしまったのですが、翻訳を手がけられた山形氏が個人の見解もたくさん述べられていて面白いです。"ふつう、人間は理由もなく他人を痛めつけるなどということはしない。だが一定の条件下では残忍性を発揮してしまう"-というアイヒマン実験の前提に、まず疑問を呈してしまいます。「理由もなく他人を痛めつけることなどない、とは本当か? 獲物をいたぶる楽しみはネコだって知っている」と。だからいじめはなくならないのだと。

「権威が命令すれば、人は殺人さえ行うのか?」と、この本の紹介にあります。こういった実験のきっかけとなったのは戦争だったそうです。心理学が大きく発展した要因には戦争があったという事実を、私は長らく知りませんでした。戦争中には、それだけ人間たちが信じ難い行動をしてしまったということでもあります。こういった心理実験については、本で読んだときにも「倫理的にどうなの?」と思ったものでしたが、どこからがNGなのか、線引きをするのが非常に難しそうです。

私が心理学に興味を持ったのは震災がきっかけでした。制御不能な状態に陥っていた自分や周囲を、少しでも理解したいと思いました。異常事態の中では、予想もしなかったような人間の様々な面が露わになります。これからだって何があるか分からない。それはきっと善とか悪では計れないものだし、実験などしてもどれだけ意味があるのか今の私にはまだ分かりません。分からないので、少しずつでも勉強できたらと思っています。まだ歴史の浅い災害心理学という分野も、SNSなどの台頭と絡みつつ、今後さらに大きく発展していくときなのではないでしょうか。

 

2013年10月20日日曜日

もうすぐ初落語-「赤めだか」

11月に、初めて落語を聴きにいくことになりました(「立川談春 独演会2013」)。そこで友人が貸してくれたのが、談春氏の自伝的な随筆「赤めだか」(サイン入り!)。

落語の知識がほとんどない私にとっても、一つの物語として純粋に面白かったです。一気に読ませる語り口は流石ですね。「サラリーマンより楽だと思った。とんでもない、誤算だった」という帯には思わずツッコミたくなりましたが(笑)。

「型ができていない者が芝居をすると型なしになる。型がしっかりしたやつがオリジナリティを押し出せば型破りになれる」

師匠であった立川談志の言葉。どんな世界でも通用しそうです。

落語界の人間関係は厳しいものですが、一人一人がしっかりと個を保っているところに感銘を受けました。気骨がある。毎日のように行動を共にしていても決して馴れ合いにならず、きっちり線引きをしている生き方が清々しいです。

「立川談志は天才だ。(中略)そんな凄い芸人が落語というひとつの芸能の中で、五十年の間に二人も三人も出現するわけがないだろう。憧れるのは勝手だがつらいだけだよ。談春は談志にはなれないんだ。でも談春にしかできないことはきっとあるんだ」

真打ち試験をなかなか受けようとしない談春の背中を押した、さだまさし氏の言葉が胸に響きました。と同時に、立川談志という人はすごい人だったのだなぁと。師匠に対する恋心にも近い尊敬と憧れ。そこまで思える師がいるというのは、ちょっと羨ましくもあります。

いくつかオススメされた作品を聞きつつ、当日を楽しみにしています。厳しい世界で磨き抜かれた芸、初めて覗く世界にワクワクです。

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この本は、ルビの工夫が面白いなと思いました。地の文でも会話文でも、談志(イエモト)、談春(オレ)、談春(アニ)さん、花緑(ワタシ)などと表記されています(カッコ内がルビ)。登場人物が多く似ている名前も多いので、単に「俺」、「私」となっていたら分かりづらかったでしょうね。とても読みやすかったです。

また本筋とは関係ないのですが、落語には著作権がないということに驚きました。既存の作品は誰でも自由に演じて良いそうです。まともに観たことがなかったころは落語はお笑いに近いイメージだったのですが、動画で観た印象は演劇に近いものだったので、なんだか不思議です。でも法律上はどうあれ義理を立てるという面がもちろんあり、とても日本的だなと思いました。

赤まだき

 

2013年10月15日火曜日

「失踪日記2/アル中病棟」

むかーし読んで印象に残っていた「失踪日記」というエッセイ漫画に、続編が出ました。「失踪日記2」となっていますが、前作を読んでいなくても問題なく楽しめます(前作も面白いですけど)。

失踪日記2 アル中病棟(吾妻ひでお)




アルコール中毒とはどういうものなのか、どんな人々がいてどんな治療をするのか、退院後の苦しみはどんなものなのか、依存症につきまとう鬱症状…あちこちに笑いをまじえつつも非常にリアルに描かれていて、ぐいぐい引き込まれました。漠然と知っているつもりでも、知らなかったことがたくさんあります。AA(Alcoholics Anonymous:アルコール中毒者更正会)はアメリカ発祥で映画にもよく出てきますが、日本におけるAAと断酒会の違いなどは全然知りませんでした。

依存症の恐ろしさ…アルコールに限らずとも、自分がこうならないという保証はどこにもないのですよね。自分でなくとも、身近な人がなってしまうかもしれない。人間の弱さと向き合い、自分の中にある目をそむけたい部分をさらけ出しているところが、前作も含めこの作品の魅力だと思います。何気に、ずっと一緒におられる奥様もすごい方ではないかなぁと。重い内容をさらっと笑いをまじえて描いてしまうのもすごい。

〆切のない描き下ろしのため、描き上げるまでに8年かかったそうです。お酒に依存しないための生き甲斐を見つけなさいと言われて、やはり吾妻さんは描くことを選んだ。5年前からデッサン教室にも通い始めたとか。

生きる意味って何だろうね、なんてことも考えさせられてしまいます。おそらく吾妻さんも、奥様とお子さんの存在がなかったら更正するのは難しかったのではないでしょうか。ボリュームもあって、渾身の一作というのがふさわしい作品でした。

アメリカ土産にいただいたチョコをお供に
(とっても美味しかった~!)




















発売後1週間ほどで買った私の手元にある1冊が、既に第3刷。一時期はamazonでも品薄だったので、近所の本屋さんで在庫を尋ねました。「アル中病棟、入ってますか?」と恥じらいながら聞いたのは良い思い出です。(「えっ?」と聞き返されて、わざわざスマホの画面で表紙を見せつつ調べてもらい、結局入荷はなかったというオチ…恥)


 

2013年10月12日土曜日

セミナーメモ: 特許関連の米国法令

先日、特許翻訳に必要な米国法令に関するセミナーに参加してきましたので、簡単にメモを残しておこうと思います。

特許翻訳者が目を通しておくべき法令として、下記の3つがあります。

米国特許法 
(35U.S.C. (United States Code Title 35))
  →特許成立の要件などが定められている。新規性、非自明性の定義など。

米国特許法施行規則
 (37CFR (Title 37 - Code of Federal Regulations))
 →特許法を施行する上での様々な規則。書類の書式の詳細なども。

米国特許審査便覧 (MPEP)
 →審査官がどういう点に留意して審査するかを示すガイドライン。

これらは下記から、全文ダウンロードが可能です。
uspto.GOV - Laws, Regulations, Policies & Procedures

だったら勝手に読めば良いのではないか?と思われるかもしれませんが、特許翻訳者に直接関わってくる点など、ポイントを絞って説明してもらえる機会は貴重だなと感じました。ちょうど、米国では大きな法改正もありましたし、膨大な量なので。

クライアントから来る様々な細かい指示は、フォントや行間にいたるまで法令で定められているものがほとんどなのですね。その条文を読んでいると、今まで細かいな〜と思っていた指示にもこんな法的根拠があったのか、などと説得力が感じられてきます。また、図面の不備などこちらから申し送るべき点についても、さらっと法令の根拠を示せると説得力が増すのではないかなと思いました。

特許文書は、明細書部分はほぼ技術文書といえますが、クレーム部分は法律文書。そこが難しくもあり面白いところです。権利の範囲を明確にするため、審査官がどのような視点で読むのか、ということを知るのは翻訳をする上でも非常に大切なのだと改めて確認しました。と同時に、まだまだ学ぶべきことがたくさんあるなぁと。

こんなメモを書きながらも、本日訳しているのは西部劇の字幕。われながら両極端な仕事をしているなーと思いますが、今は吸収できるものはどんどん吸収していければいいと思っています。好奇心こそがすべての原動力 :)

この日は、親しい友人が2人参加していました。2人とも翻訳者として同業ではあるのですが、仕事の分野は特許ではありません。勉強熱心な姿勢を見せてもらい、身近にそういう仲間がいるのは幸運だなと思いました。特許も楽しいよ!と話してたのが少しは効いたかなー、なんてちょっと嬉しくなりつつ(全然関係ないかも…)。

帰りにはお茶していこうとお洒落なカフェに寄り、マジメな話やアホな話に花が咲いて楽しい〆となりました。なぜか飲んでいたのはジントニックだったけど。

高い空にうっすらと三日月

 

2013年10月5日土曜日

夕焼け小焼け in 広島

今日の夕焼けは、とっても綺麗でした。たまたまジョギングしていたので、つい見とれて立ち止まってばかり。記念に写真をこちらにも(^ ^)

染まり始める時間

ボートが通り過ぎて、不思議な波が立った

雲が美味しそう


どんどん濃くなる橙色

吸い込まれそう

カープファンでよく関東から広島にいらっしゃってる方が、「広島は、夕陽がすごく綺麗だ」とおっしゃっていました。その真偽は分かりませんが、私も広島に来てから空を眺める時間は格段に増えたなぁと思います。雨が少ない瀬戸内気候は気持ちがいいな、と感じてはいましたが、夕焼けの色も地方によってそんなに違ったりするのでしょうか。

興味は尽きないけれど、ただ「綺麗だなー」と見とれることができる瞬間は宝物。また違う表情の空と出会えるときが楽しみです。

 

2013年10月4日金曜日

読書の秋-ときには絵本や俳句など

仕事の合間に積ん読解消に励んでいます。最近読んだ中で、印象に残ったものをメモ。以前から気になっていた「絵本翻訳教室へようこそ」です。



講座形式で分かりやすく、すーっと読める本でした。寝る前に、一日一章くらいのペースで読んだでしょうか。ある絵本を丸ごと一冊、訳していく設定です。

私が仕事で手がけている翻訳は、特許の明細書とドラマなどの字幕。両極端ですが、どちらもかなり特殊な分野のため、他の分野の本はまた新鮮で面白いです。自分がいつも翻訳している文章とは全然違うので、学ぶ点が多くありました。絵も読み解いて訳す、キャラクターが向いている方向が示す意味など、絵本独特の視点。またオノマトペについて、英語は約3000、日本語は約12000という事実にも驚きました。日本語は動詞が少ないからである、と。例えば「笑う」という意味の動詞が英語に何種類あるかと考えると…合点がいきます。日本語はこれを「ニヤニヤ」「クスクス」などオノマトペで表現するわけですね。

黒岩涙香訳「ああ無情」のお話も面白かったです。明治時代の翻訳では、名前も日本語に訳された、と。コゼットは小雪、エポニーヌが疣子、アゼルマが痣子。固有名詞も日本語に訳すよう指示されたという「指輪物語」のエピソードに通じるものがあります。

また、マザーグースの既訳を三種類比較しているページがあるのですが、ここで谷川俊太郎さんの訳に唸りました。個人的な好みもありますが、七五のリズムを保っていて明らかに他と違う。俳句などに繋がる部分もありそうだなぁと。同業の翻訳者の方々の中に俳句好きな方が多いのも、偶然ではない気がします。(実は私も見よう見まねですが、始めてみました…楽しいけれど難しい^^;→ Haiku Note

言葉と向き合う仕事ですから、どんなジャンルからも学ぶことがあるんですよね。オノマトペの話も先日、俳句の本にも出てきたなぁ…などと、後にいろんなことが繋がってくる。

絵本の翻訳料(印税)についても具体的な数字が載っています。一般書の半分くらいで、おそらくこれだけで食べていくのは難しいのだろうなと感じました。最近は、産業翻訳以外ではそんな分野が多いのかもしれません。やりたいことを目指すにしても、いや目指すからこそ、堅実に稼げる分野を持っておくのは大切だと思います。お金は、自由でいるための手段です。たとえば出版翻訳で活躍されている方々も、産業翻訳と両立させている方はたくさんいらっしゃいます。

長くブログを書いてきたためちょくちょく相談メールもいただくのですが、これから目指す方は、華やかでかっこいい業界!なんてイメージに惑わされないでほしいなと思います。ちゃんと独り立ちしてプロとして十分な稼ぎを得ようと覚悟するならば、なかなか厳しい世界です。「稼げなくても楽しいから構わない」という人が集まってしまえば、単価も下落する一方。業界の動きに柔軟に対応していけるよう、アンテナは広く張っておきたいものです。

でも何より大切なのは実力ですね。私もまだまだ学ぶことばかりなので、きちんと底力をつけて日々精進していきたいと気持ちを新たにしました。

そしてたまには脱力も^^